今回は、「期待に応えることができない苦しみ」について見ていきます。
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 親を中心に身近な人から期待され、プレッシャーがかかる苦しみがあります。
 どのくらいハードルが高いでしょうか。
 「東大理Ⅲに必ず合格しなさい」とまでは言われないでしょうが、国公立とかブロック大とかGMARCHとか大学名で言われることもあるでしょうし、将来を考えて職業に直結する工学部とか薬学科、教育学部など学部や学科で言われることもあるでしょう。

 私も人の親ですので、親の期待は無責任な面があることも指摘しておきます。
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 こうして、いろいろあっても何とか無事に子ども期を抜け出し、勉強がある程度できて、高校へ入学しました。すると欲深いものでどこの大学だ、学科だと期待しているわけです。十数年前は健康でありさえすればいいと考えていたのに。
 親によって少し違いはあるでしょうが、誤解してほしくないのは、決して世間体を気にしてプレッシャーをかけているのではありません。「〇〇くんよりいい大学」とか「✖✖さんより難易度の高い学科」にあなたが入学することで、親自身の評判を上げようとか、家庭教育の正しさを証明しようとかそんなふうには考えていないものです。
 多数の親が考えているのは簡単、あなたに「強くなってほしい」ということ。
 世の中に出ればたくさんの困難が待っていて、それに耐えうる力を受験を通じてつけていってほしいと願っているのです。

 先日転勤したある先生が、本校にいる最中だけで2度本気で辞めようと思ったと話をされました。私の場合は本校ではありませんが、ある学校では月曜日や長期休業明けに「学校行きたくない」と思ったことが何度でもあります。狭い高校教員の世界でもそうですから、多くの職業や職場でそれぞれの困難があるのは間違いないでしょう。そして、それらの困難は逃げたくなる時もあるのですが、それを避けずに向き合うことで新しい自分というか、それまでの自分になかったものが引き出されることがあります。上のステージに進めると言えばいいでしょうか、少し強くなることができました。

 親はそれぞれ世の中を経験しています。大学や学部についても自分の仕事をしながら考えたこともあるでしょう。困難があってもあなた自身の足で強く生きてほしい、そうやって世の中で困らないように生きてほしいと願い、期待をかけるのです。

 ましてやもしかすると、親にとっては期待をかけることができる最後の時期かもしれません。期待通りに自分で判断する力がつけば、もう多くの助言は不要になるでしょうし、これで進学してしまえば、帰省以外では二度と家に戻らない人もいます。あなたに語りかけられるチャンスは少なくなっていきますので、言いたいことや期待はこれから強くなっていきます。赤の他人にアドバイスする時と違って、感情が入りますから、表現も強くなります。
 「〇〇くんはA大学を目指して、平日5時間勉強しているのにあんたは何よ」
 「✖✖さんはB学科に入るために、家ではスマホを使っていないらしいのにお前は何よ」
と他人との比較も含めて言ってしまうのは、あなたに〇〇くんや✖✖さんに勝ってほしいという意味ではなく、あなたも強くなってほしいという意味に、感情が入ってしまうためにキツい表現になる例です。

 とはいえ、もしかするとそういう親の気持ちはとっくにわかっている、という人もいるでしょう。時折キツかったり、傷ついちゃうようなことを言うけど、それは心配していたり、エールを送っているからなのであって、端的に言えば、愛されていることを重々承知しているという場合。愛されることはツラい、重たいし。その愛情がプレッシャー、自分も期待に応えたいんだけど叶わないかもしれない、これからお金の面でも心配かけたり、受験勉強のために夜食をつくってもらったり、TVのボリュームを小さくしてくれたりと、いろいろ負担をかけるのが申し訳ないという苦しみ。
 あなたが申し訳なく思うことはないんです。多くの親は全然負担だと思っていません。そんなふうに周囲が見えるようになったのなら大人に近づいている証拠ですし、浪人したとしてもまた1年張り合いが増えるようなものです。世間体を気にしているとか、「恩返ししてね」と取り引きをしているわけでもありませんし、感謝してほしいわけでもありません。
 TVの渋谷のスクランブル交差点の映像、知らない誰かが歩いていますが、私たちはその知らない誰かに何かを期待したりしません。赤の他人には期待しないし、面と向かって怒ったりしない。期待と、かけがえのなさや愛情はつながっています。あなたに期待している人の願いは、繰り返しますが、自分が進みたい道へ向かって歩んでいくために強くなってくれればいい。大学に合格するためではなくて、その後の人生を生きるため。

 願いがあるとすれば、あなたがいつか子どもを持った時、私たちと同じようにでなくていい「愛されることもツラいなあ」と思わせるようにあなたが考える愛を注いで、育ててほしい。そうしてもらえればsustainable、何か私たち親自身が生まれてきた意味があるというものです。