第0章 まえおき、発想や考え方

 ここから「新しい入試」へ向けて対策をしていきましょう。受験生の負担ができるだけ減るように、読んでいけば自然と身につくことを目指しています。
 とはいえ、一般入試がそうであるように難関校であればあるほど、一筋縄ではいきませんからけっこうな量の読み物になります。次のような項目で続いていきます。特に身につけたい箇所や弱点を示した項目やページにリンクを貼ったのでジャンプしてもらって構いませんが、読んでいけば身につくように構成されていますので、可能なら順番に見てもらいたいと考えています。

 第0章 まえおき 発想や考え方

 第1章 心構え編
   ()相手を知ろう
   ()過去の活動実績
   ()自分を知ろう
   ()総合型選抜で受験するかどうかの決断

 第2章 面接編
   ()問われているのは3種類?
   ()過去・現在・未来のつながり
   ()答え方の「型」
   ()結論は何を伝えるべきか(過去系、過去の実績)
   ()結論は何を伝えるべきか(志願理由系、志望動機)
   ()その大学でなくてはならない理由①  情報収集
   ()その大学でなくてはならない理由② その大学に触れた経験
   ()覚えていることができるか、緊張のピーク
   ()個人面接と集団面接

 第3章 合格したら


 面接練習をしていると、表現される以前の、考え方のほうが大事だと思う時があります。
 受験生がこうやってスラスラしゃべったり書けるってことは、準備も練習もきっと時間をかけてきたのにもったいない、ちょっと勘違いしているとも思えます。入試に向かう発想が間違っているから、せっかく考えた言葉がズレていってしまうのです。次のような例です。


 「私は野球部の主将、4番としてチームを北信越大会に出場させることができました。」
 「私は生徒会長として、全校生徒の見本となり、ユニセフ支援活動で表彰されました。」
 「私は○○部の中心としてチームをまとめてきました。リーダーシップには自信があります。」


 これでは合格できません。
 正確に言えば、これで合格する大学もあります。なぜなら、毎年、定員割れしている大学は全国で200近くありますから。生徒集めに苦労している大学なら、これで合格します。
 しかし、たぶん君が入学したい学校は、このような面接で合格する大学ではないと予想します。あなたが入学したいのは、定員を超えている人気校、ランキング表でも上の方にある大学なのではないでしょうか。

 寄り道のように思えますが、ランキング表について、少し考えてみます。
 人気とランキング表は関係しています。よくあるランキング表は、文科省が決めているわけでも、大学や予備校が決めているわけでもありません。決めているのは受験生自身です。受験生がたくさん志願すれば倍率が上がり、偏差値や合格最低点も上がる。不祥事を起こせば志願者が減り、合格最低点は下がります。単純な需要と供給とは言えませんが、この歴史というか積み重ねによってランキングができていき、受験生はそのランキング表を目安に志願していきます。受験学力が高い生徒は表の上の方の大学を志願していきますので、実際に偏差値や合格最低点が上がります。
 大学へ入学してからの学ぶ内容や学び方も、ランキングへ影響を与えて変化させていきます。わかりやすい例は国際教養大学です。学生に1年間の留学を義務づけ、すべての授業が英語で行われ、授業について行くために図書館が24時間開いていて、全国から受験生を集める人気校です。開学は2004年。支持を得て、偏差値やランキングが急上昇していますが、開学当初の2004年、教科数が少ないのでセンター得点率は71%で高いのですが、偏差値は45程度でした。当時は普通の受験生なら合格する大学だったが、現在は偏差値68程度、センター得点率は98~85%で難関校になっていますし、生き残りをかける大学のモデルにもなっています。
 国際教養大がそうだったように、まだランキング表上は高くないにもかかわらず、学びの内容によって急上昇していく「お得な」大学や学科が、他にも今あるかもしれません。その「お得」な大学や学科を見つけることができれば、難易度以上の充実した学校生活や、実力を付けることができそうです。
 ところが、多くの受験生にとって、その「お得」な大学や学科を見つけることは至難の業です。仮に自分の興味ある分野や特定の学科に限っても、すべての大学のHPやパンフレットを読み込む時間はありませんし、またHPやパンフレットの表現は入学した全員に約束されているのか、真偽を確かめる時間もありません。一方、ネット上のその大学の評判は確実性や信頼性に欠けます。
 こうして、ランキング表が参考にされ、人気校に志願が集中することになります。
 一方、ランキング表なんて関係ない受験生もいます。
 私の志願しているあの大学には、私がしたいあの研究の第一人者、○○先生がいる、という受験生。国家資格を取得したいので、ランキング表上はさほど上にはない大学だけど、資格の取得率が高い大学を選んでいるから、という受験生。家業のお寺や神社を継ぐ必要があるから、その仏教系、神道系の大学に進むから、という受験生。こうした受験生の共通点は大学へ行く目標が明確ですから、ランキング表はあまり関係がありません。これらの生徒は目的意識、志望動機がはっきりしているため総合型選抜(AO・推薦入試)にも向いているといえます。


 しかし、多くの受験生はそうではないと思います。私自身もそうでしたし、この読み物はそういう受験生を対象にしています。多くの受験生はその大学でなくてはダメな理由、マストの理由や志望動機が明確にあるわけではありません。何となくその学校の持つイメージで受験していきます。
 それはそれで根拠があるというか、間違っているわけではありません。人気校には人気がある何らかの理由、受験学力の高い学生、優秀な学生が集まっているんだろうと予想できます。こうして出願に際してはまたランキング表が参考にされ、その大学の実態や中身についてはあまり吟味されないのが実態です。
 今までの一般入試ならそれでよかったのです。別に学びの内容を知らなくても、合格最低点さえ取れればいい、入学したあとで将来のことを考えていけばいい、大学入試とはそういうものでした。ただし、これからの「新しい入試」制度では、総合型選抜(旧AO入試)や学校推薦型選抜(旧指定校推薦)だけでなく、一般選抜(一般入試)でも「志望理由書」のような書類を提出させる大学が増えてきています。受験生にとってはやっかいです。ランキング表や人気だけに頼って、「大学や学科についてあまり知らない」ことは、面接や志望理由書が課せられる入試では苦戦するかもしれません。


 面接や志望理由書、小論文は、「私にはPRすることがある」「自分はこんなにすごいんです」とアピールが求められる面があります。
 しかし‥、冷静に考えてみてみましょう。「自分はこんなにすごいんです」と心の底から思っている人を、あなたは信頼できるでしょうか。おもしろい奴ではあるでしょうし、ある種の職業には向いているとか、もしかしたら、これからの時代はこういう人が活躍するのかもしれませんが、私たちが信頼できるのは、どちらかといえば、

 「~について調べてここまでわかったんですけど、ここからはわかりませんでした。ですから第一人者の○○先生がいる御校でそのあとを学びたいんです」

 「私は小学校の時、いじめに遭いました。その原因についてはもちろんいじめる側が悪いのですが、私の側にもよくない点や欠点があったかもしれなくて、いじめをなくすためにはその構造を‥」

 「私は他人と比較したら大したことはないけど、がんばってきたことがあるんです。これを大学でも続けていきたいんです」

 のように、私たちが信頼するのは、自らは「私、すごいんです」とは主張しない人ではないでしょうか。もちろんそのこと自体が協調性や和を重んじる日本の文化や人間関係の長短が現れている可能性がありますが、私たちだけではなくて大学が求めているのも、一方的に自分の主張をまくし立てる人ではありません。先輩たちの受験報告書を見ても、そういう人は合格していないようです。なぜなら、そもそも学問がそう成り立っているからです。新しい発見や見解を見出すには、先行する研究の解明されている部分と解明されていない部分を明確にする必要があって、そのためには先行する他者の研究や主張を知っている必要があります。
 言い換えます。例えば部活動でも上位のプレーヤーほど自分の課題を感じていて、自分ができているプレーとまだできないプレーや、自分のストロングポイントとウィークポイントがわかっています。勉強でも同じです。ある教科や単元について、わかっている生徒の方が「わかってない部分がどこなのか」を知っています。苦戦している生徒ほど「どこがわからないのか」がわからない。ソクラテスも指摘したように「わからないということを知っている」、「わかっていない部分がどこなのかがわかる」のが知恵と言えるのです。グローバル化している社会であっても、他人の発言を遮ってでも自らの主張をどんどんアピールする人の方が有利な訳ではなく、その前提として正しさがなければ通用しません。
 一方で、入学試験として今までの活動履歴や志望動機を問う方式を採用するのだから、アピールは必要になります。詳しくは後述しますが、面接官なり大学の先生方に「おー、この受験生は本気で学ぼうとしているなあ」とか「この受験生、ほしいなあ」と思ってもらえることが合格するということです。
 整理します。面接や志願理由書の表現を練り上げていく前の構想が大事になります。すぐに書き出してしまうのではなくて、「アピールするべきでないこと」と「アピールするべきこと」を区別する、その発想や考え方の方が大事なのです。

スライド12求められる力

「自己アピールして下さい。」と問われて、よくある勘違いは次のような例です。

「ハイ、私は部活ではバスケットボール部に所属し、副部長を務めさせてさせて頂き、レギュラーとして県大会に出場しました。また生徒会では放送員会の副委員長をつとめさせて頂きました。だれよりも責任感があり、リーダーシップもあると思います。」


 これは受験。他人と比較されるのだからと、どうしても自分を大きく見せようします。ついでにいい子にも見せたいので「~をつとめさせて頂き」なんていう表現も使ってしまいます。
 気持ちはわかります。受かりたいのですから。
 しかし、肩書は先生が書いた調査書に書いてありますし、その考え方でいえば、この勝負は部長、生徒会長にかないません。全国に高校の数は約4900校、約5000人の生徒会長がいて、その倍以上の副会長がいて、その数倍の膨大な部長や委員長がいます。そういう勝負ではないのです。
 大学側は、例えば生徒会長なら何ポイントと点数化しているところもあるでしょう。副部長や副委員長はポイントが入るかは入らないか微妙なところでしょう。その生徒会長のポイントだけで合格できるのは、繰り返しになりますが学生集めに苦戦している大学です。
 恐らくあなたが志望している大学は、定員割れしている大学ではありません。またあなた自身も、帰国子女で英検は準1級で起業しているとか、インターハイや総文祭で1位だったわけではない、と想定しています。そういう放っておいても受かる生徒「じゃない」方の生徒さん向けに、アドバイスを進めていきます。
 皆さんが志願している大学は、肩書きを知りたいのではなく、君が副部長や副委員長をやることを通じて「何を学んだのか」を知りたいと欲している、と考えて下さい。「わたしは弁護士でねえ」とか「俺は教員なんだよ」という言葉は、職業以外の何も示していません。その弁護士なり教員がこれまでどんな経験や実績を上げ、いま何に取り組んでいるかの方が大事なのです。

 第0章の前置きがだいぶ長くなりました。総合型選抜を前に、読み進めてもらえれば「必ず合格する」と約束はできませんが、かなり仕上げることができると考えています。
 課せられる内容は面接、作文、実技などなど学校によって異なります。小論文しかない人、志望理由書のためだけに見ている人も、面接の「型」が小論文(作文)や志望理由書に応用できるので、第1~2章の「心構え編」と「面接編」を読んでから進んでいくことを勧めます。

スライド9中心は志望動機