今回は明治期の国家主義と社会主義について見ていきましょう。
 また、たくさんの人物が登場します。が、人物が羅列的に出てくる単元はここがラストだと思います。振り返ってみると、ギリシャの自然思想、ルネサンス、諸子百家、江戸の儒学者、明六社といくつか人物数が多い単元がありました。最後の山場です。

 ちょっと面倒な、国家主義の高まりについて整理しましょう。
 不平等条約を改正するために明治政府は欧化政策をおしすすめました。例えば鹿鳴館で舞踏会をさかんに開くなど急速な欧米化しようとし、一方で「和魂洋才」として教育勅語のように儒教的な忠誠を求めます。こうした政策への反発が国家主義を生んでいきます。
 国家主義(ナショナリズム nationarism)は近年、国際的にも話題にのぼることが多いホットなワードで、厳格にはきちんと定義づけする必要がありますが、ここでは大雑把に自国優先とか伝統重視と考えて下さい。この国家主義にはバリエーションがあって〈人-キーワード-内容〉が結びつきにくく、とりわけ「○○主義」の区別が難しいのです。人とキーワードをあげてみましょう。
 徳富蘇峰は「平民主義」と「国家主義」、三宅雪嶺なら「国粋主義」と雑誌『日本人』、陸羯南なら「国民主義」と新聞『日本』、西村茂樹は著作『日本道徳論』、岡倉天心は「アジアは一つ」や著作『茶の本』、高山樗牛は「日本主義」あたりとなります。
 「○○主義」が5つありました(平民、国家、国粋、国民、日本)が、区別してみましょう。徳富の「平民主義」は、上からの近代化に対する反発として、普通の人民、平民を主人公とする考え方です。やがて三国干渉をきっかけにして国家に最高の価値を置く「国家主義」へ考え方をエスカレートさせていきます。三国干渉では露・独・仏から遼東半島の返還が求められ、三国の言い分は「朝鮮の独立のため」でしたが、実際には三国とも自国の利益のためにそのように主張していました。これに徳富は反発し「国家主義」に向かったのです。
 三宅の「国粋主義」は、nationalityの訳として当初用いられ、欧米の文明は否定していませんが、日本の伝統を育てようとします。同じ「国粋主義」の考え方を持つ志賀重昂は、日清戦争の年にベストセラーになった著作『日本風景論』の中で、イギリスに火山はあるか?イタリアの山は石灰質で日本のように花崗岩ではないので暗い、というように日本こそ地球一の絶景国であると強調します。自然科学の知識をもとに、日本というまとまりを持たせながら、自然や伝統の中にnationality、国粋を見出そうとします。
 陸の「国民主義」は、欧米に倣い、欧米人に誉められることを基準とするような迎合ではなく、日本の特殊性や個性を保とうとし、その上で排外的にならない道を探ろうとしました。当時の庶民は、臣民と名付けられ、国民とは呼ばれていませんでしたから、陸の「国民主義」は、欧米の国民主権的、立憲主義的な考え方は否定せず、明治政府を批判しているのです。
 高山の「日本主義」は、日本の建国の精神こそが唯一の道徳の原理とする考え方で、欧米から入ってきた立憲主義や自由主義を否定します。この点が三宅や陸とは異なっています。
 「○○主義」は、流入してくる文化に対して、何をどこまで受け入れ、それまでの伝統の何をどこまで残すかの考え方の違いと言えるでしょう。これ自体は国学の誕生や佐久間象山らも考えていたでしょうし、グローバル化が進む現代もまた、同じ課題があちこちに残ります。例えば学校の中で考えてみましょう。欧米のように号令や給食、運動会はなくした方がいいでしょうか。授業中のガムやヘッドホン、タトゥーはありにしてもいいでしょうか。
 日本はこの後「国家主義」や「日本主義」が誇大化、極端化し「超国家主義」になっていった歴史があります。岡倉天心は著作『茶の本』のなかで、次のように述べています。

 近頃になって日本が満州を戦場にして敵の皆殺しに乗り出すと、日本は文明国になったというのである。戦争という恐ろしい栄光によらねば文明国と認められないのであれば、甘んじて野蛮国にとどまることにしよう。私たちの芸術と理想にしかるべき尊敬が払われる時を待つことにしよう。

 前半で日本の文明化路線に警鐘を鳴らしています。福沢の「脱亜論」など脈々と続く路線でした。しかしこういう声もかき消されていきます。難しいのは、後半で国内の芸術や文化が尊敬されうる、誇りを持ちうることも表明され、これもある種のナショナリズムと言えます。さらに難しいのは、岡倉はアジアの文化は元々一つであり、日本の文化もそこから派生、醸成されてきたことを「アジアは一つ」と表現しましたが、この「アジアは一つ」という用語は大東亜共栄圏の根拠として利用されていくのです。繰り返しになりますが、国家主義はホットなワードなのです。



page003
page004



page005
page006