今回は、フランクフルト学派を中心に見ます。
 1930年代、ドイツのフランクフルト社会研究所にホルクハイマーやアドルノ、フロムやハーバーマスなどの思想家が集まっていました。彼らをフランクフルト学派と呼びます。
 ナチスドイツを経験して、理性のあり方や、理性そのものに対する反省が生まれます。ユダヤ人抹殺という目的を果たすために、理性は手段としてその力を存分に発揮しました。理性そのものが悪いのではないか。アーレント、ホルクハイマーとアドルノ(この2人はなかなか区別できない)らは、そんなふうに考えていきます。そういえば核兵器も生命倫理に関わる技術も、環境問題も理性が引き起こしています。
 ホルクハイマーとアドルノのキーワードは「道具的理性」と著書『啓蒙の弁証法』です。理性が目的を果たすための技術的な道具になっていることを批判します。かつて理性は自然の恐怖や不安から人間を解放してきました。人間の内側に向けても理性を働かせ、感情や衝動もコントロールする近代的な自我や主体性もつくってきました。しかしやがて、自分たちでつくったしくみ、理性で覆われた世界が「第二の自然」として、人間を支配し抑圧していること示しました。ベーコンの「知は力なり」は人間を解放しただけではなかったのです。
 フロムのキーワードは、著作名でもある『自由からの逃走』と「権威主義的パーソナリティ」。自由であることの重荷に耐えられず、自発的に依存や従属を人々が求めることを指摘しました。ヒトラーは独裁的な支配をしていきましたが、人々から求められ、合法的に権力を握ったこともまた確かです。現代でもいくつかの国において、人々の感情に訴えるポピュリストが支持を集めています。まるでサルトルの「自由の刑」には耐えられないかのようです。
 ハーバーマスのキーワードは「対話的理性」や「コミュニケーション的合理性」、「生活世界の植民地化」あたりです。また大ざっぱにいえば、合理性や効率性を求める「システム合理性」がひろがり、人々が支配される「生活世界の植民地化」と呼ぶ状況がおきている、よって互いに納得できるようなコミュニケーションや対話を回復する必要がある、と言います。
 横道にそれますが、少し深入りします。「コミュニケーションや対話をしましょう」という結論ではあるのですが、それだけなら中身がある話になりません。ハーバーマスは、他人を自分の目的を果たすための手段や道具としてしてしまうようなコミュニケーションや対話はおかしい、ゆがめられていると考えます。誰か似たようなことを言っていました。カントです。カントは、
汝の人格の中にもすべての人の人格の中にもある人間性を、汝がいつも同時に目的として用い、決して単に手段としてのみ用いない、というようなふうに行為せよ
と述べていました。少し回りくどいですね。他の人格を「目的として扱い、手段として用いない」と略せば言えますが、「いつも同時に」とか「決して単に」と加えています。私たちは例えばタクシーに乗るときに、タクシーの運転手さんを手段として扱っています。けれどカントが加えた「決して単に」が付いていることによって、運転手さんと会話したり、運転の迷惑にならないように配慮したりすることで「決して単に」手段としてのみには扱っていません。ハーバーマスでも同じです。私たちは合理的に、計算を含めた話をすることもあります。こんなことを言えば面接で受けがいいだろうとか、自分の思惑が果たせるだろうとか。愛の告白だってある意味そうでしょう。それらを全く取り去ったコミュニケーションや対話はなかなか難しいのです。学校では「対話的理性」は比較的たくさん見られます。しかし、社会人になると難しい、そこがハーバーマスの課題です。

 また、同じようにユダヤ家のドイツ人ですが、フランクフルト学派ではないハンナ・アーレントも出題されます。アーレントの労働、仕事、活動の3つは区別が必要です。単純な普通名詞ですので流してしまいがちですが、ナチズムを生んだ現代は労働は広がっていても、活動が失われていると考えます。少し深入りしますが、活動とは他者との対話によって自分を公の場にさらして、自分が変わる機会のことです。自分の中のもう一人の自分と対話する機会と言いかえてもいいでしょう。ちょうどソクラテスが対話によって真実を見つけようとしたことやハーバーマスの「対話的理性」に似ています。そういう機会が失われていること、そのような社会を「全体主義の起源」と位置づけています。自分を肯定してくれる世界に自閉していきがちな現代社会にあって、彼女の述べた「活動」はますます意味を持ってきています。
 また、気をつけてほしいのは、同じキーワードを複数の人物が使っている例です。「権威主義的パーソナリティ」はフロムのキーワードですが、アドルノの著作名でもあります。また「道具的理性」という言葉もホルクハイマーやアドルノだけでなくハーバーマスも使います。というかフランクフルト学派は使います。問題文に他の要素で誰なのか判断できるキーワードが入っているはずですので、早とちりしないように落ち着いて問題文を読みましょう。
倫CS32表
倫CS32裏