高校 政経・倫政の補習講座

大学入試に向けた知識、学んだことと生活を結びつける知恵を提供します。

タグ:良知

 今回も江戸時代の思想を学びます。
 朱子学という官学に対して、批判や疑問が生まれてきます。中国の朱子に対して王陽明がそうであったように、朱子学が形式にとらわれてまさに形骸化、外面にばかりとらわれて心の自発的な働きを妨げているとしたのが中江藤樹です。彼は朱子学への疑問から武士を辞めてしまいます。
 中江藤樹のキーワードは「孝」、「愛敬(あいけい)」、「良知」、「知行合一」、「時・処・位」あたりでしょうか、「時・処・位」は外面ではなく、自らの内面に従って、時と場所と位(身分)に応じた振る舞いを求めます。位(身分)がちょっと違和感があるでしょうが、その身分が違っても人間が根本とすべき考え方は平等で、その根本が「孝」です。「孝」を手っ取り早く言ったのが「愛敬」、真心をもって人と接することだというのです。
 中江に学んだ熊沢蕃山は幕府から幽閉されていますし、陽明学者の大塩平八郎は乱を起こします。中国でも朱子学と陽明学は対立していました(性即理と心即理、格物致知の解釈などです。忘れていたら復習しましょう)が、同じ儒教という枠にありながらの近親憎悪は、カトリックとプロテスタント、スンニ派とシーア派、仏教内部でもありました。似ている方が対立しやすいのでしょうか。
 ちなみに日本の学校では号令、「起立、礼」がありますが、これは儒教的な慣習です。朱子学ならその形式ができていれば善しとされるでしょう。陽明学なら内面が伴わなくてはなりません。とすれば尊敬できない苦手な先生に対する「起立、礼」はどう振る舞うことがよいのでしょうか。日本の学校は「世の中に出た時のために」という要請から成り立っている部分が多いので、社会人になっても礼法は求められます。尊敬できない苦手な上司への礼法、どうしますか? 
 今回、下にある過去問は必ずしも陽明学のものではありません。江戸時代の問題はこうやって、系統の違う人が並べられて理解できているかが問われます。ここでも最初からスラスラは解けないでしょう。一方でその人の基本的なキーワードを知らないとゴチャゴチャするだけですので、「過去問だけやる」スタイルも入りにくいでしょう。「基礎を入れたあと過去問、その上で像をハッキリさせていく」ことをおすすめします。

No45表
No45裏








 今回の単元は、陽明学と老荘思想を理解します。
前回のNo9(第9回)の朱子と、今回の王陽明は少しやっかいです。それぞれ性即理と心即理、理気二元論と理気一元論という言葉は覚えられても、その意味する内容がわかりにくいです。対照させたり、混同させたりの出題になるでしょう。これについても問題を解いて、間違えながらでいいので理解していった方が早いです。

 一方、老荘思想は自然のまま、ありのまま。人為を嫌います。こちらも他の諸子百家と対照、混同させる出題もありますが、まずは老子と荘子の違い、似ていて重なり合うけど違う部分を明確にして下さい。
 受験勉強をしていると、「大道廃れて仁義あり」とか、心斎坐忘、逍遙遊の境地には惹かれるものがあるでしょう。そんなふうに生きることができるのか?大学受験が終われば、「自由すぎて怖い」毎日が待っています。その時のためにも備えましょう。

10朱子学、老荘

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